小林俊哉  2014.12


ドマーニ展 国立新美術館
ドマーニ展 国立新美術館

私にとって歓びも悲しみも共有できる“物言わぬ”生き物たち。

そんな、はかなく小さな生命は 混沌とした閉塞感の中で浮かび上がる未来への希望の断片でもある。小林俊哉 ードマ-二展抜粋ー                       

北海道出身で自然と動植物をこよなく愛する美術家小林俊哉さん。
幼少時からいつも父親と一緒に手つかずの原生林や湖畔や川などを歩き、そこで学んだ多くのことが今の自分を形成していると話されています。 ドマ-二展では≪Etenity and a Day-Magnolia-≫2011年以外の新作は、一貫したひとつのタイトル≪To regain the irreparable. 取り返しのつかないことを取り戻すために≫シリーズとなっています。正面の60点にのぼる作品群≪木蓮≫は圧倒的な存在感で見る者に迫ってきます。本展ではどのようなことを念頭において制作されたのでしょうか。

ここ1,2年いろいろなところで話しているのですが、僕にとって2011年3月11日の東日本大震災とその後の福島原子力第一発電所事故というのが大きくて。極端にいえばそれを境に僕の作品が変わったということなんです。以前からいろいろな植物をモチーフにして描いていますが、植物がね、放射能によって汚れてしまったという、このいい方がいいのかわからないですけど。僕はとても悲しいことだなぁと。起きてしまったことは仕方がないけれど、取り返しのつかない原発事故が起こってしまったことをこれからどうしたらそれを取り戻せるのかなと。それはできないかもしれない。でも精神的な部分でもね。そういう思いで作品に向かっているところです。

それはご自分を取り戻すということでもあるし、社会に対してもということですか?

そうですね。僕自身についてもそうですし、この国に住んでいて現在も進行していること、未だ終息の目途すらついていない現状で、仮設住宅に暮らしていらっしゃる方もいるし。そういう方々の気持ちを思うと。僕自身は当事者ではないから同じ気持ちにはなれないけれど、そういう方々が失ってしまったものを思うと、どうしたらもう一度、同じではないにしても取り戻せるものがあるのではないかと。ただ簡単に答えはでないですよね。。。考えれば考えるほど自分の無力さを感じています。

―念仏を唱えるように一心に描く
小林さんの作品のモチーフには木蓮やバラなどご自身の日頃からなじみ深いものが多いですが、この会場に入ると同じ木蓮を描いているのにハッとするほど印象が変わりました。展示の在り方だけではないように思えますが。順にお聞きしますが、≪もんしろちょう≫(画面下)の3つの連作については、ひとつひとつ小さな蝶を丹念に描いています。両端の2作品では一匹欠けて黒く画面が沈み込んで見えますね。

 

放射能によって蝶がね、たとえば、しじみ蝶の奇形が見つかっているというのも事実ですし。僕の感覚なのですが、自宅周辺でも蝶の数がすごく減っていると感じています。とにかく僕は蝶が見たい、蝶が生きていける、なんていうのかなぁ、そういう世界であってほしいと思っています。だからこの作品は「蝶がみたい、蝶がみたい」と一心で描き続けたんですね。これ、まだ他にもあるんです。 こっち(正面向かって右)の木蓮の絵には黒い丸が描かれています。「取り返しのつかないことを取り戻す為に」と思いながらも僕の無力感を黒い丸で描いているんです。両端の2作品の一匹欠けて黒く画面が沈み込んで見えるのは、黒い丸と同じように無力感を表しています。

ひとつひとつモンシロチョウを丹念に描いておられるのですね?

そう、あのモンシロチョウは実寸大です。これは普段とは違って下書きなしだから、ちょっと列がゆがんでるところもあるなぁ。

なんか写経じゃないですけど、祈りながら描いているというような印象があります。

う~ん、同じ地球上で生きている、同じ時代を生きている動植物、鳥も虫もみんなそうなのですけれどみんな同じだと思っています。小さな蝶に影響があるという現実は、間違いなく人にも影響が出ているはずだと。だからこそ、以前のように蝶がたくさん見られるようになりたいと、たくさん飛んでいる蝶が見たいとそういう日本を取り戻したいというか。念仏を唱えるようにずっと描いていました。

ご自宅にある柑橘系の木々に、青虫がさなぎになってアゲハ蝶に育っていく様子を写真でFBにアップされていたこともありましたね。蝶や鳥と一緒に暮らしている様子がほのぼのと伝わって。

年に何度となくベランダでアゲハ蝶が産卵して、羽化して旅立っていくのですが、秋に産卵して半年間家の中にいれてさなぎになって春に羽化したりしています。僕の生活の中では身近な存在なのです。僕にとっては、鳥も蝶も植物もみんな一緒に生きているという気持ちなので。人間、動植物と分けて考えられないのです。

―フレンズ Friends
隣の鳥の組作品ですが、小林さんの作品に鳥が現れるのは初めてですね。会場全体が黒を基調とした中でも黒い影を落としたような木蓮の中の鮮やかで活動的な鳥の存在は際立っているように見えますが。

以前から描いてはいたのですが、今年初めて作品として発表しました。さきほど終了したスイスと日本の作家によるアートプロジェクト≪songs for a pigeon≫でもそうですが、本来白い木蓮を真っ黒に塗って地も黒という。描いている鳥は北海道の実家によく遊びにくる鳥ばかりなんです。あ、メジロなど東京の庭にくる鳥もいます。夏もそうですが冬、僕が実家で庭仕事や除雪している時に頭の上で遊んでいるというか身近にいる鳥たちで僕はフレンズと呼んでいます。原発事故の後、ガイガーカウンターを買ってきれいに咲いている花の周辺を計測してみると放射能のレベルが高かったりする。鳥は小さいから蝶もそうだけど影響を受けていると思っています。彼らはね、中には移動している鳥もいるけど、健気に遊んでいる鳥を見ていると悲愛を感じるというか。鳥1羽1羽にも表情をつけていて。あの青いルリビタキはちょっと怒った表情にしています(笑)。

後でちょっとルリビタキを拝見しますね。来場される方には自由に見ていただきたいですが、鳥とのこんなエピソードがあることをお聞きできたのは貴重だと思います。

あ、設営中におられた業者さんがこの作品を見られて「ものすごい悲しいことがあったのですか?」って聞かれて。あ、わかってくれているのですね~という話をしたことがありました。そういう部分って伝わるんだなぁって。

そして中央に60点もの木蓮の作品群が構成されていますが、花芯や花弁の一部にマゼンダというかピンクの鮮やかな色が目に飛び込んできますね。両脇の作品が黒く沈んでいる中でひと際光を放っているというか。

今年からこのシリーズを制作しています。ピンクって僕の中では希望の色なのです。鳥の作品では木蓮は全部黒ですが、この60点の作品の木蓮では希望を見出して生きていきたいということなのです。だけどなぜ部分的にしか色を入れていないのかと言うと、今後どっちにいくか、もしかしたら又真っ黒な状態になるかもしれないし、あるいは全部ピンクでおおわれるような時が訪れるのか、わからないから部分しか描かないのです。作品群にすることで、動きも見せたいということがあって。

アトリエにはもっと作品があるとお聞きしましたけど。

そうですね。丸いタイプのものもありますし、これは来年札幌で開催予定の個展で発表しようと思っています。このシリーズはもっと描き続けていきたいなと思っていて、場所によって構成を変化させてみるとかね。

最後に右手の黒地に浮き上がる白い木蓮のシリーズですが、左から順に拝見していくと少し薄いクリーム色や桃色が見え隠れして変化が見えます。一番右端は2011年に描かれた≪Etenity and a Day 永遠と一日≫があります。この作品群はこの≪永遠と一日-木蓮-≫(-語り合う相手としての自然-2011アルテピアッツァ美唄(北海道)に出展)から始まっているわけですね。

そうですね。2011年の作品は震災直後に描いたものです。鎮魂という意味もあるけれど、木蓮に対して大げさですけど「申し訳ない」という気持ちもあって。他の6点は新作で大小、いくつか黒い丸が描かれているものです。木蓮を描くことで表現しようと思ったのですが、納得がいかなくて一度描いた黒い木蓮の上に黒い丸を描いています。

≪Etenity and a Day≫シリーズは小林さんの過去作品にも多数あって、テオ・アンゲロプロス監督の映画として有名ですが。なぜこのタイトルを思いついたのですか?

未来永劫とかって言いますよね。永遠とは、今日とは、明日とはなんだろうと考えていた時に、まぁずいぶん前のことですけど。必ず明日は来るわけですが、明日は今日と同じような日常の延長としてやってくるのか、永遠に記憶される1日としてやってくるのか誰もわからない。≪永遠と一日≫という意味は≪明日≫という意味なのです。誰にもわからない≪明日≫について描いています。

―僕のいろいろな気持ちをひとつに表現できるのが黒だった

震災後、しばらく色が使えなかったと話されていましたが。2年くらい経ってようやくと。

そうですね。自分が変わらなかったら、世の中も変わらないってよく言いますけどその通りですね。震災後の報道など見ていても色のない世界。以前から僕は黒を使っていましたけど、その黒の意味があの日を境に本当に変わってしまったというか。他の色が使えなくなってしまったので黒を使っているという状態だったんです。だからどこかで無理してでも色を使っていかないとと思いだして。その中でもピンクは僕の希望の色なんだなぁと。

気持ちがついていかないと色って使えないですよね。

そうですよね。

この間まで開催されていたSongs for a pigeonプロジェクトで仙川プラザギャラリーで展示されていた≪flowers≫2004は実際の花の色を再現した作品でしたね。ふと対照的だなと思い出したんですけど。以前デザインのお仕事をされていただけあって、小林さんカラーみたいなものもおありなのかなと。

あれは花の色を集めていました。一時ね、黄色の花といってもたくさんの種類の黄色があって、DIC(ディック)のカラーチャートで探しながら花の色を集めていた時期がありました。季節によって花の色を重ねていくとどんな色の組合せになるのだろうって遊んでいた頃があって。それを形にしたのが≪flowers≫だったのです。当時様々な色を使っていましたけど、ぜんぜん意味合いが違いますね、今と。僕も久しぶりに作品を見て「あ~、この頃って気分的にもだいぶ楽に描いていたんだなぁって。10年前の作品ですけど、今回こういう形で発表させてもらう機会をいただいて僕自身すごく良かったです。客観的に見ることができて良かった。常に作品って客観的に見る作業をしていかないと、どうしてもモノが見えなくなるところがあるので、若い頃からその作業は続けているつもりなのですが。≪flowers≫は作品の軽さということではなくね、色を集めて、分類してと楽しかった。黄色だけでもたくさんの種類があるし。図鑑でもわからないから、実際自分の目で確かめてとかね。

私も図鑑をみたり草花など調べたりするのは好きですが、制作する前のそういった作業のひとつひとつがあの作品を形成しているということを知りつつ鑑賞すると楽しいですね。

なぜ黒をつかうようになったのですか?

子供の頃北海道の石狩川の近くに住んでいたことがありました。そこは、川霧がすごいんです。10m先も見えないくらいの深い霧で、グレーの世界。白というかグレーという色が頭の中にずっとありますね。それから絵を描くようになって、いろいろな色をぐるぐる混ぜ合わせているうちに汚くなって黒くなって。なんだ、最終的には黒くなるんだって。僕のいろんな気持をひとつに表現できるのは黒なんだなって思ったのです。黒というか、もっと汚い色だった。それから黒をつかうようになりました。

こどもの頃絵画教室にも通われていたとか。

 

そうなんですけど、先生が僕の絵に筆を入れるというのがホントにいやで、なんで自由に描かせてくれないんだって思ってやめました。それでも絵は描いていたのですが、小学校から高校までずっと野球部で。昔を知っている人は僕のこと野球小僧だと思ってるはず(笑)。高校生の時に肺の病気で半年ほど入院してから過激な運動はダメということになって、じゃぁこれから自分には何ができるのだろうって考えました。それでもう一度絵を描いてみようと。親を心配させたくなかったので、札幌にあるデザイン美術学校へ進みました。でもそこでまた肺の病気になり手術したりで。これは決定的な出来事でした。こんなに予測もできない人生なら好きなことを存分にしておこうと(笑)。いつどうなるかわからないでしょう。

 

ん~。

こぶし  Photo by Toshiya Kobayashi
こぶし  Photo by Toshiya Kobayashi

―小林少年
折に触れ小林さんの自然観とか動植物などの話をお聞きする中で、子どもの頃のお父さまとの思い出を懐かしく話されることがあります。 冬季、これから北海道のご実家へ除雪の為2カ月近く滞在されるのが年間行事なんですよね。

自然豊かなところで育ちましたから、身体にしみこんでいるというか。4ヶ月間雪に閉ざされて春がくるのが待ち遠しくて、犬の散歩なんかで土手に淡い緑色のフキノトウが出ているのを見つけると、もうねぇ、すごい嬉しいというか(笑)気持ちがワクワクするというかね。

お父さまがいろいろなところへ連れていってくださったとか。

釣に行ったり、山や原生林へ行ったりとか。何を教わるということではないのですが一緒にいることで父のやってることや、父のまなざしの先を追ってどういう風に植物や自然と接したらいいのかを学んだような気がしますね。友人でドイツ在住の生物学者でアーティストのJochen LEMPERTヨッヘン・レンペルト(追記 IZU PHOTO MUSEUM 「Feirdwork世界をさがしに2016)という人がいるのですが、そんな体験があるからか彼とも話があってドイツで一緒にトンボをマーキングして追いかけたり、コウノトリを観察したり、海ほたるを取りに行ったりとかね。(笑)

へぇ~(感嘆)。

高知県の中村という場所は世界でも限られた地域の中で一番トンボの種類が多いとかで、ヨッヘンは世界トンボ学会に入っているので大阪で学会があった時に来日したことがありました。

世界トンボ学会かぁ。写真家でもある彼の写真作品もすばらしいとお聞きしていましたが。

ヨッヘンはドイツ、アメリカの美術館でも個展を開催していますね。恵比寿のリムアート(現 POST)さんという美術書専門の本屋があるのですが、そこにはギャラリーも併設されていて彼を紹介したところ、とても気に入ってくださり個展を開催しました。その時に出版したオリジナルの作品集が若干まだあると思いますよ。

―水質調査のバイトで道内を旅した
小林少年のその後について話を戻したいのですが、それから地学調査のようなアルバイトをされて道内を回ったとか。

学生時代に水質調査のバイトをしてました。北海道各地の河川、湖、太平洋、津軽海峡、日本海などですね。それは、ホント楽しかったですね。

なんか過酷な感じがします。

冬なんか1mくらいの厚さの氷に直径20cmくらいの穴をあけて、そこから水を採取したり水量計を入れたりね。ひとつの川にポイントが数か所あるので、穴をあけるだけで半日終わるということもありました。でも夏はいいですよ。石狩川上流から調査して途中から船とその脇を車が並走する感じで4,5日続くのですが楽しかったな。

何人くらいのチームで動くんですか?

1チーム8名くらいだったかな。車2台でね。調査中は民宿に泊まって、温泉につかったり、北海道は多いですからね、ご飯も美味しいしね。北海道に住んでいても、各地を回ることなんてできないですし国有地とか北海道大学の演習林など一般人の立入ることが出来ない区域に入ることができたのも良かったですね。原生林の中も行けたしね。10m前にクマが出てきたりして(笑)そういう場所はハンターの人が前後について来てくれました。津軽海峡の調査の時は、海がしけてね、みんな甲板に縄で体を縛られて海に落ちないように必死だったこともあります。

具合悪くなりそう。。。海上って壮絶ですね。その時おいくつだったんですか?

あはは。荒縄で船長さんに甲板にくくられてね。ん、20歳くらいだったかな。あの頃はホントに楽しかったなぁ。

≪展覧会情報≫
ドマーニ明日展
会期 2015年1月7日(水)~25日(日)  休館 毎週火曜日 
午前10時〜午後6時、毎週金曜日は午後8時まで(入場は閉館の30分前まで)

 

個展 「To regain the irreparable」
会期:2015年1月6日(火)~3月1日(日)
会場:クラークギャラリー+SHIFT
住所:札幌市中央区南3東2 MUSEUM2F
主催:クラークギャラリー+SHIFT  協力:まちなかアート、アート札幌2014

≪編集後記≫
「知らない土地にいったら木蓮に話を聞きなさい。
 木蓮はその土地のことをすべて知っている。なぜなら、木蓮は地球上で一番古い花木だから。」
これは幼いころお父さまが話して聞かせてくださったそうです。 ダイレクトで、武骨なまでに飾り気のない話しぶりはお人柄がそのまま。
朝から夕方まで毎日描き、その傍ら庭に遊ぶ野鳥や草木の成長を楽しむ小林さんの日常。かつてのデザインの仕事がしみついているのか、キャンパスは寝かして描く、筆は面相筆各種、あくまで描写はフラットに。きちんと下書きもしますと笑っておられました。60点の木蓮のシリーズについて、構成が難しかったんじゃないですか?とお聞きすると「そう、そう。もう考えだしたらね、大変で。こういう時はかみさんにどう?どう?って聞きます。電話して写メ送ったりして。“仕事中に、もーいい加減にして~”とか言われちゃうけど(笑)。やっぱりね、自分の感覚より人の感覚の方がおもしろかったりしますからね。それと直感って大事。」
誰よりもかみさんを信頼している小林さんの嬉しそうな横顔を拝見しつつ終了。今回公開していない秘話は次回をお楽しみに!

最後に、友人でもある素晴らしいアーティストをすぐ紹介したくなるというキュレーターの一面をおもちの小林さんから5名のアーティストと最新のお薦めの1冊を!
5名のアーティスト
Ingrid Simons  Mirko Reisser  Hiroyuki Masuyama  Keiko Koana  Madeleine Dietz

「北海道 木彫り熊の考察」  山里稔著  かりん舎

かつて北海道のお土産として定番だった木彫りの熊。その誕生や作り手の解説など約280体の木彫りの熊で解説。資料としても写真集としても非常に貴重な本です。見ていて飽きません。山里さんは美術学校の私の大先輩です。(小林談)

小林俊哉(こばやしとしや)
HP
1 HP2(biographyとこれまで開催された展覧会のフォトギャラリー)
1959 北海道生まれ
1988-92 サンタモニカ(アメリカ)在住
2005-06 文化庁芸術家海外研修で、ドイツ・ハンブルグ市に滞在制作および発表
2007 ハーゲンベックス動物園駅アートプロジェクト、ハンブルグ文化庁より選出(ドイツ)
2011 日本赤十字病院アートプロジェクト(足利・栃木)
パレスホテル東京アートプロジェクト(東京)
2012 天使病院アートプロジェクト(札幌・北海道)
スイス・オリックス財団の招待によりルツェルン市に滞在制作

主な個展
2005 ギャラリーPHOEBUS (ロッテルダム・オランダ)
2006 FRISE (ハンブルグ・ドイツ)
2008 a piece of space APS (東京)    ギャラリー巷房 (東京)   ギャラリーPeter Bochardt (ハンブルグ・ドイツ)
2009 アルテピアッツァ美唄 (北海道)
2011 マリーギャラリー (東京)
2013 マキイマサルファインアーツ (東京)    ABギャラリー (チューリッヒ・スイス)

主なグループ展
2006 "Landscapes" (Galerientage im Heidelberger Kunstverein/ハイデルベルグ・ドイツ)
2007 "ctive constellation" (The Brno House of Art/Brnoブルノ・チェコ)
2008 "Call it what you like" (Silkeburg Kunstmuseum,/シルクボルグ・デンマーク)
"Raum als Natur/Natur als Gesetz 自然 としての空間/原則としての自然" (FRISE/ハンブルグ・ドイツ)
2009 "BAND" (ギャラリーPeter Borchardt/ハンブルグ・ドイツ)
2010 "開館10周年記念展" (KUNSTVEREIN GLUCKSTADT/グリュックシュタット・ドイツ)
2人展 with CARLO BORER (AB gallery/ルツェルン・スイス)
2人展 with Susanna Niederer (アルテピアッツァ美唄/北海道)
2人展 with Rolf Bergmeier (ギャラリーPete Borchardt/ハンブルグ・ドイツ)
HALL ZEHN (CAP Cologne e.V./ケルン・ドイツ)
西宮船坂ビエンナーレ2010 (西宮・兵庫)
2011 「語り合う相手としての自然」(アルテピアッツァ美唄/北海道)
2012 "Agora 2 : INNER CIRCLE-OUTER SPACE" (Frappant e.V./ハンブルグ・ドイツ)
"Sommerfest” (AB gallery/ルツェルン・スイス)
"π/pi die Verwandlungen des Kreises" (Stiftung Landdrostei/ピンネベルク・ドイツ)
"TEKEN" (huis DE LEEUW Machelen a/d Leie/ベルギー)
西宮船坂ビエンナーレ2012 (西宮・兵庫)
2013 "POESIA" レインキング コレクション (デルメンホルスト美術館/デルメンホルスト・ドイツ)
"Gallery Selection" (マキイマサルファインアーツ/東京)
“Eternity and a Day” with Samira Hodaei(Iran)  他、日本、ドイツ、スイスなどで多数
2014   songs for a pigeon  スイス大使館 (東京)、gallery COEXIST TOKYO (東京),EARTH+GALLERY (東京),a piece of space APS (東京), ギャラリーカメリア (東京),プラザギャラリー (東京)
ドマーニ明日展 国立新美術館
2015 "To regain the irreparable"  クラークギャラリー+SHIFT(北海道)

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