松本 秋則    2014.08


                                                松本秋則「Bamboo Phonon Garden」 BankARTLifeⅣ東アジアの夢 横浜市庁舎1階ロビーにて                            

横浜市庁舎は、1959年に横浜開港100周年記念事業として村野藤吾の設計で竣工。ロビーはモダニズム建築らしい直線的でいくつかの立方体をつなげたような空間で天井高にも変化があり、中央は吹き抜けとなって2階からロビーを見下ろすと松本作品の全体が見える。壁面には存在感のある色とりどりのタイル画がほどこされ、ピアノが置かれており、通路以外は白い折りたたみ椅子と長いベンチ、半円系のベンチなどがパーテーションのように連なり、市民の憩いの場所となっている。自らを不思議美術家と名乗り、音の出る作品(音具)をサウンド・オブジェと命名し、国内外の美術館博物館、町中や屋外など様々な場所で発表を続けている松本秋則さん。2008年横浜トリエンナーレ関連企画展示(浅井裕介氏、丸山純子氏と3人展)以来、2度目の横浜市庁舎における個展となり、今回の構想やサウンドオブジェのマイスターでもある彼の音作りについてうかがった。

横浜市庁舎は2度目ですが、今回は個展ということでどんな構想が浮かんだのでしょうか?

最初は、フロアからの立上げをどうしようかなと。前回はちょっと苦労したので、今回は空中に浮遊するようなモビールのイメージがあって、一個一個に羽をつけて~とそこから広がっていった感じ。

ここは公共の場なので風の通りがいいというか、人の流れもあって面白い場所ですよね。 一瞬にして松本さんの世界にはいりこむような不思議なゆらぎ感があります。以前ストライプハウス 『タイオン音楽会』2009で作品の下に人が立つとその人の体温で羽が回るというのがありましたね。

ここの作品も空調を切って、空気が動かなくなると同じようになるよ。建物全体が石とコンクリートで覆われているから、ちょっと冷たい感じを受けるよね。紙とか竹って気持ちが和らぐというか。

よく見ると羽になっている和紙はちょっと変わっています。

この和紙は漉いた後に、聞いた話なんだけど(笑)、水滴をぽたぽたと落とした跡が薄くなって模様になっているんだよ。透け感があっていい。軽さがでるし。均一に貼ると圧迫感があるから。

松本さんのいつもの展示だとライティングも重要だと思うのですが、今回は市庁舎の照明のみなんですね。

照明を工夫することはできないし、足元に何かを置くこともできないからね

ここで展示する良さと難しさというのはどういう点でしたか?

一番いいのは、アートと関係ない人がたくさん通りすがら、見てくれるということ。 難しいのは足元から立ち上げることができないから、常設のプランターから立ちあげることと天井に設置できないので高低差が限られてしまうのが残念。手すりから空間に作品を展示するにしても、同じ長さだと変化がないからつりざおのようにせり出して長さを変えてみたりして、奥行きを出したんだよ。

- 場内アナウンスが入る

なんだか面白いですよね。アナウンスが入ったり、電動の楽器がいきなりカタカタ言い出したり。 場内の席はほぼうまっていて、作品の中でお弁当食べている方、本を読まれている方など思い思いに過ごされている。人も作品のように見えてきますね。

 

普通の展示会場とは全然ちがうよね(笑)前回はこの会場の1/3は耐震補強工事中で、パーテーションがあって会期終了間際にやっと取り払われてすっきりした。工事現場みたいで、コンパネに浅井裕介くんが作品を作っていた。タイルのパブリックアートが強烈でしょう。他にも空間をもっとなんとかしたかったんだけど、とりつける方法がなかった。入口から会場内を通って出口まで、作品世界をつなげていけるようにしたかったけど天井につるすことには制限があったし。

 

私は横浜スタジアム側から入ったので、駅方面の入り口から通路に射しこんでくる強い光が効果的で、パースペクティブで冷たくもみえるコンクリートの建造物の中で大勢の人が思い思いの場所で憩っていて、その中に絶えず楽器がつぶやくようにあちこちで鳴っているという光景が目にとびこんできたんです。

 

こういう環境だから、だいたいこういう音だったら許せるだろうということを考えた。音の種類はここにあるのはごく一部で、もっと沢山あるんだよ。鐘の音とか笛だとかね。音色のちがうもの。使っているカウベルも、様々な音色があって、音の広がりがでる。竹の音だけだと同じになってしまうから。3種類の弱めの金属の音もいれている。

 

-しばし、回りの音に耳を澄ませながら五島記念文化財団の助成で1992年から1年半、アジア7ケ国で少数民族の芸能を研究していたことから各地で見つけた楽器などについての話となる。―

こっちの作品はね、ベトナムの楽器を分解して作ったもので、トルンといってね。むこうはバリ島のティンクリンという楽器が元になっている。バリ島の楽器はアタック(叩く道具の部分)がゴムで、ベトナムは木だから音色がちがうんだよね。カウベルはタイのもの。

 

むこうにある竹のリングが長くつながってくるくると回っている楽器がありますね。あのリングのひとつひとつも作られているんですか?

 

そうそう。こちらはカンボジアで買ったおもちゃが元になっていて。竹でできている木琴のようなもの。解体してピースだけをとりつけてあるんだけど、鍵盤だけをつかっているので音階はしっかりしているんだよ。

 

インドネシアなど海外に滞在された時にどんな感覚で楽器を選ばれたのでしょう?形状、音、使い方?など

 

考える時もあるけど、だいたい安ければとりあえず買っちゃうかな。すぐにアイディアが生まれる場合もあるし、5年かかることもあるし。その楽器以上におもしろくなんてできないから、何年も寝かしておくうちに、あ、こんな風につかえるな~とね。 カウベルの中に鉦(かね)が入っていてさ。タイで買った当時は牛を放牧していて、遠くの方から牛の群れがやってきて。音程がそれぞれ牛によってわかるようになっていて、面白かったな。いろいろな音の組合せでうわぁ~んと響いてこちらにやってくる。すごい迫力でこれこそサウンドスケープだなって。 それで買ってみたけど、アタックが非常に硬くてうるさいんだよ。それからしばらくして、アタックの部分をバルサ材に変えてみたらやわらかいいい音になって使えるようになったね。

バルサ材ってよく思いつかれましたね。すごくやわらかいでしょ。鳥を作った時あつかいにくいなぁって思ったんですけど。

 

軽くていいよね。もろいけど。バリ島に行った時にジェゴグっていうガムランの一種の演奏を見に行ったことがあって、マレット(バチ)にバルサ材を使っててそれでアタックが柔らかい感じになるんだなって気づいてカウベルにつけてみようかなと思ったんだよ。 バリ人って音の工夫が素晴らしくて。あそこのティンクリンという楽器を分解して作った楽器が鳴っているんだけど(天井を指差して)、マレットがゴムでできていて圧縮ゴムなんだよね。それはどこで手にいれるかというと自動車のタイヤの部分を切り出して使っているんだよ。

 

廃材利用ですね。

 

そうそう。これはバリ人の工夫だよね。ふつうは木でカチンと硬い音になるでしょ。 民族楽器の成り立ちなんかもとてもおもしろい。ベトナムのトルンなんかは、アタックの部分に輪ゴムを巻いているんだよね。輪ゴムをきつく巻くとスーパーボールみたいになって圧縮される。

 

ということは摩耗していくから、時々交換しながら使うってことですね。松本さんは打楽器好き?

 

いやいや、そんなことないよ。笛もたくさんあるけど、やれる場所が限られてしまう。音が響くし、それに対応できる場所でないと。ストライプハウス「風の演奏会」2014では、笛をたくさん使用した作品だった。8種類くらいつかったかな。

 

松本さんの展示は毎回ハッとさせられるようなバラエティに富んだ世界観があります。ストライプハウス「水の劇場、水滴の音(ね)」2013などは水滴が天井から落ちてくる音を水辺のような場所をしつらえて聞くというものでしたよね。あれは毎日氷を補充する為にギャラリーに通われたってお聞きしましたけど。展示の構想は場所性によってということですか?

 

そうだね。一番場所に制約されるね。頭の中にはいろいろな音のアイディアがあるんだけど、使える場所が少ないことが多い。水の展示は25年くらい前に思いついたアイディアだよ。

 

え~!?あれは25年がかりってことですか?

 

そう、本当は水の劇場というのをやりたくて。回りの環境は静かで、水の音だけが聞こえるというような。いろいろな水音を考えていた。滝とかね。自分の構想では地下室のような洞窟のような場所であれやこれやと思うけど、そういう会場にまだ巡り合えない。

 

ということはアイディアなどはその都度スケッチとかアイディアノートとかつけておくわけですね。

 

それは、ほとんど頭の中だけにある。

 

忘れないんですか?!

 

それはね、思いが強いと忘れない。いつか実現させたいと思ってるからね。そしてそのイメージの中で実現できるものを出していくというか。 この間、バンカートで影絵やったでしょう。(BankART Artist in Residence OPEN STUDIO 2013 / "Sound Theater") バンカートはレジデンスで長期間準備ができるということ、あの場所は暗室にできるという条件を知っていたから影絵に最適だなと思って実現した。場所と人と期間がちょうど合うといいよね。 ストライプハウスの「タイオン音楽会」は冬じゃないとできない。静かでエアコンの影響を受けないですむ時期だよね。気温差がないと人のエネルギーを感知できないからね。

 

あれは自分が発熱しているということに気づかされました。鑑賞者が羽の下でじっと羽が動くのを静かに待つという、参加型の作品でしたね。

-お昼休み時間も終わり、会場が静かになってあちこちの音がよく響いてくる。-

 

人がいる時といない時では音の響きがちがうよね。ざわつきがなくなって音がクリアに聞こえてくる。時々勘違いされるのは、風で音が鳴っているんですか?って質問されること。 ここはどこから風が吹いているんでしょうね~とかね。夢を壊したくないけど、嘘もつけないし(笑)

 

今後はニューヨーク滞在と岩手県花巻市まちかど美術館アート@つちざわ2014(2006,2007年出展)と秋田アートプロジェクトが待っていますね。つちざわの展示はどのようなものになるのでしょうか。

 

会場は商店街の中にある大きな元洋装店を全部つかって、15mの楕円状のスクリーンを作り影絵の作品。バンカートの"Sound Theater"の展示では6mだったから倍以上のスケールで。ここではパノラマみたいな設置が可能で、照明の数も増えるしさらに広がりのある展示ができるよ。とても楽しみにしているんだ。

参考動画 Sound to see shapes to hear

≪編集後記≫

『私の音楽には始まりも終わりもない。音の組合せも偶然によるもので、作曲したものではない。会場に入った人は様々な方向から無限の音の組み合わせで演奏されるサウンドオブジェの音に出会い、いろいろな発見ができる仕組みになっている。このサウンドオブジェは単にイメージ作りの道具に過ぎず、この音響世界の中で各々のイメージを膨らませて音楽の感性を開いてもらいたい』と彼は述べています。テープ起こしをしていると人々の気配も含めこの場所全体がこの期間だけのサウンドスケープで包まれていることを実感しました。 おすすめはまずは居心地のよさそうな場所を見つけてくつろいで。時間が経つのを忘れてしまうかもしれません。この続きとなる昨年末からこの秋で3回目となる単身ニューヨークでパフォーマンスをしていることや音との出会いについては次回に。
10月31日(金)まで 8:45~17:15   市庁舎の為、土日祝日は休館です。                                                              撮影協力 mio kisaca

松本秋則(まつもとあきのり)
1951年 埼玉県生まれ
主な個展
2013年「水の劇場 水滴の音(ね)」
2012年「ネオ クラシズム」
2011年「sound scenes 六本木編」ストライプハウスギャラリー
2010年 sound scenes 国立楽器博物館 (ベルギーブリュッセル)
主なグループ展
2013年 Open Studio 2013(Bank Art Studio NYK)
2012年 水と土の芸術祭 新潟県
2011年 BankART LifeⅢ 新・港村 横浜
まちかど美術館2011アート@つちざわ 岩手県
2010年 瀬戸内国際芸術祭(香川県 男木島)

2008年 木のぬくもりとあそびの中から生まれた形たち展(練馬区立美術館)
2007 年 あーと@つちざわadvance (岩手県 東和町) 他多数
膨大な数の発表履歴なので、氏名リンク先からご覧ください。

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